両親挨拶

この度は私たちの娘である希羽(のあ)を救う為にたくさんの方にご尽力を賜り、本当にありがとうございます。
特に貴重な時間を割いて「のあちゃんを救う会」を結成してくださった有志の皆様に心から感謝を申し上げます。
そしてこのホームページをご覧頂いている皆様のご協力にもお礼を申し上げます。

娘が生まれた瞬間は今でも忘れません。49時間の陣痛を夫婦共に乗り越えての初対面でした。ようやく出会えた我が子を胸に抱いたとき、この子を生涯何が何でも守っていきたいと決意を新たにしました。そして沖縄の人々や自然の中で優しくもたくましく育っていくだろう姿を想像しました。
しかし生後15日目。
ミルクを大量に嘔吐したため病院へ連れていきました。そこで娘は「左室心筋緻密化障害」という重い心臓病の診断を受けました。重度の心不全の状態でした。
ICUに案内されると人工呼吸器やたくさんの点滴につながれて意識のない娘の姿が目の前にありました。昨日まで元気だったのにどうして?と現実を受け入れる事が出来ず何が病気の原因なのかと家族それぞれが自問自答し、苦しむ日々を送りました。
その後娘は命の危機を乗り越え一時は退院することもできましたが、娘の心臓はさらに悪化していきました。
私たちが先の見えない不安な毎日を過ごすなかで今年3月下旬に娘の主治医の先生から心臓移植についての話が出て、防災ヘリで3月26日に大阪の国立循環器病研究センターへと転院しました。そしてすぐに人工心肺装置を付ける緊急手術が行われました。
私たちが思っていた以上に娘の状態は悪く、もう自分の心臓では1日さえも持ちこたえられない状況になっていたそうです。その時に初めて移植しか助かる道はないのだという現実を突きつけられました。
幸い国立循環器病研究センターへでは今年4月1日から小児用補助人工心臓の治験の基準を緩和し、緊急時にはこれまでのように移植登録をしていなくても病院の判断で装着できるように準備されていました。娘にはその基準が初めて採用されて無事に装着することができ、心臓移植までの時間を頂くことが出来ました。
その後も大きな脳出血を起こしての開頭手術や血栓を防ぐため補助人工心臓のポンプ交換などを行い、いまも常に大きなリスクを抱えています。
小さな小さな体でこれまで幾度となく命の危機を乗り越えてきてくれた娘を私たちは本当に誇りに思います。そしてそれは娘からの「生きたい」というメッセージだと感じています。その娘の頑張りに何が何でも応えてあげたい。移植を無事に受けさせてあげたいと願っています。

心臓移植については2010年に臓器移植法が改正され小児への移植が可能になりましたが、これまで6歳未満への移植は3例(2015年3月末)しかなく、日本での移植は限りなく少ないのが現状です。
そのような中、先生方のお力添えでアメリカのコロンビア大学に受け入れをしていただくことになりました。しかしながら海外での渡航移植は莫大な費用がかかる為に私たち家族だけではとてもまかないきれず、沖縄県民の皆様をはじめ全国の皆様へのご協力をお願いして助けて頂くしか手だてはありません。

どうか皆様のお力をお貸しください。娘に生きるチャンスをください。
皆様のご協力を何卒よろしくお願いいたします。


最後になりましたが、今回娘は6月に承認された小児用補助人工心臓を着ける事ができて命をつなぐ事が出来ました。
早期承認の実現には今年1月に小児用補助人工心臓を着けられず亡くなられた6歳未満の女の子のご両親が国に要望して頂いた事が大きな一歩になったのは間違いありません。また承認に至るまでにはたくさんのお子さんがそれを着けられずにお亡くなりになってこられました。ご冥福を心よりお祈りいたします。
そのようにつないで頂いた命をさらに移植へとつなげられるように娘を見守っていきたいと思います。

2015年9月16日
翁長 司・涼子


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